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カクカクアクション
100万人のペルシア軍を300人のスパルタ兵で迎え撃つ! この基本設定だけだとまるで三国無双である。無理だ、と思う。例えば、半分倒した段階で壊走するとして、50万人/300=1666人が一人当たりのノルマ。一人平均3分で捌いたとしても、不眠不休で1666分=83時間=3日半殺しっぱなし。休憩はいつ取るのか。いくら狭い場所に誘い込んだからって、そりゃ最初からむちゃな話だ。どうするんだよ。と、興味が湧いてしまったら、立派に宣伝戦略にはまっている。俺もだ。
しかし、中身はどちらかというと男の誇りや栄誉に殉ずるロマンを描いているというか、単純に言えば「死に様」を楽しむ映画である。問題は、余り熱くなれないという点だ。どうにも展開全般が予想通りで、映画に意外性がない。おまけに売りの「スタイリッシュな映像表現」は、どう見ても作りすぎ。特に映像をカクカクのスローにして血をドバァとやっているが、やはりゲームみたいで、迫力も何も感じない。これをマトリックス初見の衝撃と比べられても困る。
最近、映画の先が見えると急速に萎える傾向にあるが、それがぴたりと当てはまる映画。スタイリッシュ(?)な首チョンパ映像だけでは、やはり物足りない。全体的に、こき下ろすほど酷くないが、かといって面白いとも思えず、そういう困った作品だった。
評価点35点:企画そのものは面白いと思うが、矢が一杯飛んでくる所とか、血がドバァとか、どこかで観たような映像だ。悪いとは言わないが、他に見せ場を作った方が……。
IE5がロード・オブ・ザ・リングを連続鑑賞してきたので、俺も感想を書いて見たい。ちなみに、全てスクリーンで見て、 スペシャル・エクステンデッド・エディション(1作目だけで30分以上の追加シーンあり)で3回ほど観た。原作は5回以上読み返している。頭の中で大体のストーリーが追えるという状態なので、映画だけのIE5とはかなり立場が違う。
IE5は映画の冗長性を指摘していたが、実は全く逆に感じた。とにかく「足らない」のである。3作あわせて9時間以上もあれば十分だと言えるかも知れないが、それでもお気に入りのシーンやキャラがいない。時間が足りていない。ただ、ピーター・ジャクソン監督の原作再現にかける情熱は本物だと原作ファンも分かっているので、感想は「良くやった」なのである。ただし、原作ファンはすでに心の中に自分だけの「指輪物語」(あえてロードオブザリングとは書かない)が出来上がっているので、あくまでイメージの追補作業なのだ。だから「テンポの悪さ」というのは純粋な映画としての感想だと思うが、それが欠点にはならない。
あえて言えば、原作はテンポの良さやサスペンスで読ませる物語ではない。むしろ、枝葉の部分にこそ真の価値があると言っても過言ではない。IE5が不要だと思った枝葉のシーン(多分、エルフの奥方のシーンや木の髭のエピソードなどかな)はあれでも涙を呑んでかなり削られているのが良く分かる。ピーター・ジャクソンだって本当はもっとやりたいのだ。原作では、本筋の物語に入る前に「パイプ草とは」といった、「煙草の説明」だけにかなりのページを割いているし、序盤のトム・ボンバディルという重要なキャラもはしょられている。特に1作目は顕著で、最初観た時は「削りすぎた!」と腹が立ったぐらいだ。
なぜなら、これは小説に姿を借りた世界の構築作業=架空の世界の住人として空想を膨らませる楽しみ、ということが第一で、その上に物語というものが成立しているのである。極端に言えば、物語が消滅しても世界が続いていく感じ、と言えようか。だから、普通は必要のない舞台の説明から始めているので、それが分かるまでは面白くないだろう。事実、自分も最初読んだ時はすぐに「これは駄目だ」と本を投げた。その後、きっかけがあって、2回、3回と読むうちに魅力に取り付かれていった。そんなことを強いる小説は多くないし、その苦労に応える内容というのもまた然りである。
端的に言えば、映画として成立させる為に削ったもので、原作の魅力が半減したと言える。もっと言えば、キャスティングひとつにしても、十人十色のイメージがあるし、日本語版は翻訳が良い(というかあまりに浸透している)ので、言葉尻一つとっても不満が出てくる(アラゴルンはやはり馳夫で、彼はストライダーでもさすらい人でもなく、野伏なのである)。映画の規模や映像表現、尺の問題ではなく、原作の縛りが強すぎて、映画化しても受け入れられない。極論すれば、映画化する意味がない。そういう意味で「映像化困難」なのである。こんな難しい作業はない。
なにやら擁護しているのか、批判しているのか分からなくなってきたが、少なくとも自分にとって映画版はやはり「良く出来た挿絵」に過ぎない。これはあくまで「指輪物語」の展開の仕方の一つ。同時にこの難しい作業を破綻せずにまとめたピータージャクソン監督の力量は、見せ方には賛否両論あるとしても、スピルバーグやルーカスと比べて特に劣っているとは思わない。むしろ素直に賞賛したい。
映画が絶対なら小説などなくなっているはずだし、逆もまた然り。両方楽しめた自分はかなり幸せだと、少なくともこの小説と映画に関してはそう思う。
評価点:85点。小説に関してのレビューはこちらもご参照を。読みにくいけど面白い小説、というのも存在すると言うことで。
いってきました約半日の指輪の旅
行って来ました「ロード・オブ・ザ・リング三部作オールナイト一挙上演」、今回は全てスペシャル・エクステンデット・エディション版という事で夕方17:45から始まって終わったら翌朝6:30を過ぎていた。しかしチケットは完売、驚いた事に女性客が半数近くいて人気の高さを改めて感じた。館内には当時の特製ポスターやらタペストリーが飾られて(しかも作品ごとにガラリと模様替えされる懲りよう・・・素晴らしい演出!)、女性ファンは嬉しそうにそれをカメラに収めていた。
個人的にもこれだけの長時間連続で映画を観た経験が無いので、ちょっとテンションが高くなる。これは「スターウォーズ エピソード1 ファントムメナス」公開でヨーダTシャツを着て行列に並んで以来ではないだろうか?ちなみに俺は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズは1作目だけしか観ておらず、しかも映画館が上野駅前のとても小さな劇場で環境も良くなくてイマイチ良い印象が残っていない・・・そのままタイミングも悪く続編を未見のまま今日に至るのだった。
そんな形で改めて今回観た感想であるが、内容は殆ど覚えておらずほぼ初見の様な感覚で観た。やはりこのシリーズは「指輪物語」というファンタジー小説の金字塔を原作としている事が良い意味でも悪い意味でも全てを支配している。ちなみに俺は原作は未見だが、熱烈な読者はみな口を揃えて「よくここまで映像化できたなぁ・・・」と言っているのでそういう意味でも高いレベルなのだろう。たしかに「スターウォーズ」や「ドラゴンクエスト」が影響を受けていると言われるだけあって、俺も観ながら最初のホビット村のシーンで「これはドラクエを実写化にした感覚やな」と思った。
最後に総評を入れようと思っているが、とりあえず第1作目を見た印象としては「世界観の説明と伏線を張れるだけ張っておこう」という感じだった。三作通して言えることだが原作の信奉者である監督のピーター・ジャクソンは内容をほぼそのままに映像化しようとしていた、先にも書いたようにファンにとっては頭に膨らんでいる名場面の数々が映像としてどのように再現されているか?という楽しみは大いにあっただろうし期待に応えるシーンも沢山あったと思う。しかしながら原作を知らない俺みたいな人間からすれば、全体的に物語が冗長すぎる感は否めなかった。そして決定的に感じた事は映画の見せ方という意味ではピーター・ジャクソンはスピルバーグやルーカス、キャメロンと比べて1枚・・・いや2枚ほど落ちるといった印象だった。
<GOOD POINT>
1.記憶が正しければ撮影した場所はミュージーランドだったかと思うが、映画の中で拡がる世界は正しくファンタジーそのものだ。とても雄大な自然がスク リーンに拡がっている、果てしない平原、切り立った山脈、穏やかな日差しを見せたかと思うと時に荒れ狂う天候、こういったロケーションがあるからこそ、ホ ビット、エルフ、魔法使い、etc・・・そして人間という生き物が共存できる世界という構造が違和感無く見せることが出来ていると感じた。
2.やはりバルログとガンダルフ(イアン・マッケラン)の対決が凄い、まさしくドラクエでいうところの竜王の対決だ。バルログのデザインもカッコイイ、もしかしたらシリーズで出て来る敵では一番かもしれない。鞭みたいな物がヒュンヒュン飛び交ってるのも怖くていい。しかしガラガラと足下が崩れて落ちていくというのはファンタジー系では良く観るが・・・パターンなのか?あとレゴラス(オーランド・ブルーム)の弓さばきも華麗で格好よかった。
3.指輪に心を奪われていくという見せ方は上手い、フロド(イライジャ・ウッド)が初めて指輪をはめるこ時の表情や、その瞬間に黒い風が覆うようなCGは指輪の魔力がよく現れている。しかしあの指輪に浮かび上がる文字は上手く出来てるなぁ。
<BAD POINT>
1.先にも書いたが全体的に物語が冗長すぎてテンポが悪い、これは物語を尊重しようとしすぎた結果だと思うのだが映画としては完全に裏目だ。特に感じたのは各登場人物の小さなエピソードがちょこちょこと入って枝葉が多すぎる、指輪を火山に投げ込み行くという本筋と関係ないエピソードが満載なのだ。初めから三部作ということで製作しているので、その長さを逆算しているという事で伏線やら世界観の説明に時間を割いているとすれば全くいただけない。観ている方としてはノッケからグイグイと引き込ませて欲しいのが本音だ。「スターウォーズ」のは当初から構想としては9部作だが、1作しか作られない可能性は多いにあった。そこでルーカスは一番エンタテイメント性が高いと思われる第4章を映画化する事を決意し、更に初めから終わりまでどれだけ観客を惹きつけられるかに神経を尖らせた結果、あの名作が誕生したのである。そういった意味ではピーター・ジャクソンが描いたこの作品は「指輪物語」を知らない人にとって不親切な作りと言えるだろう。
(IE5)
ロード・オブ・ザ・リング(2001) - goo 映画
主演と監督の素敵な関係
北野武作品でビートたけし本人が映画に出演していないのは記憶が正しければ「あの夏、いちばん静かな海。」「キッズ・リターン」「DOLLS」の三本しかないハズ・・・である。そう北野武は殆ど自分が主役(役者の時はビートたけし名義)で出ているのである、監督・俳優を両方演じて成功している人物は世界を見渡せば、イーストウッドやスタローンがいるが日本ではビートたけしと竹中直人ぐらいだろう。個人的には演出と演技を両方こなす事は作品にとって客観的に見ることが難しいと思われるのでリスキーな部分が多いと思うのだが、やっている本人達は口を揃えて「これでダメなら納得できるから」と言っている・・・そんなものなのか?但し、そんな作品にも名作が多いことは揺るがない事実である。
映画とボクシングも切っても切れない関係である、「ロッキー」「レイジング・ブル」「ミリオンダラー・ベイビー」「どついたるねん」などなど数えたらキリがない。ボクシングは不良とも結びやすく、物語を盛り上げるには格好の題材である。たけしもボクシングを一時期習っていたらしいが、この作品で描かれているボクシングはとても丁寧でリアリティがある。面白いのは殆どが練習風景という所である、しかもジムには新人の芽を摘もうとする嫌な先輩もいたりしてスポ魂とはかけ離れた世界が描かれているのが斬新だった。男性監督なら誰もが一度だけ撮りたいと思うボクシング映画、たけしの想いが充分に伝わる作品だ。
<GOOD POINT>
1.シンジ(安藤政信)とマサル(金子賢)がとても良い味を出している。北野映画は基本的に一般的な脚本は無いらしく、数行のト書きを俳優達が自分で読み取り芝居に入るらしいのだが、二人とも新人らしからぬ存在感を見せてくれる。面白いのはボクシングを通して二人の運命は逆転してしまう所だが、とても構成がうまく作られていた。特に自分の能力とシンジの天才的なボクシングセンスを天秤にかけ、あっというまにヤクザに転身したマサルの諦めの早さ(ある意味で潔さは)はとても人間味に溢れていた。ラストの「まだ始まってねえよ」というセリフが身に染みる。
2.自転車をシンジとマサルでアクロバット的に漕ぐシーンのカメラワークが面白い。どうやって撮ったのか分からないが、なんとも言えない浮遊感があり二人の心情を上手く表現しているなと感じた。この他にもランニングシーンのカメラワークにも「おっ!」と思わせる所もあり、なかなか凝った画作りをしている。
<BAD POINT>
1.同じシーンを繰り返して少しずつ人物の心の変化を重ねていくというやり方は確かに効果的ではあるのだが、見ていて単調と感じる時間が出てしまう。今回で言えば喫茶店あたりなんだが、ある意味でダイナミックな映像とは真逆の世界・・・もうこれは北野映画の宿命なので、それはそれで尊重するべきなのだが。あくまで個人的な好き、嫌いなのかもしれない。
(IE5)
キッズ・リターン(1996) - goo 映画
北野武が描いた究極のモンタージュ映画
世界のキタノと呼ばれて久しいが最新作「監督、ばんざい」はあまりの評判の悪さに未だに観ていない・・・なんか最近はヨーロッパだけが騒いでいるだけの様な気もして食傷気味。というわけでまだまだ観てない初期の作品も多いので辿ってみた。
武が「HANA-BI」で世界に評価された「キタノ・ブルー」と呼ばれる青がこの映画には沢山詰まっている、こっちの方が海のシーンが多いからかどちらかと言うと綺麗に見える。日本人の感性とフランス人の感性は似ている所が多いと良く言われるらしいが、確かにこの言葉に言い表し難い美しさが分かって評価しているのであれば納得の言葉である。
主人公の茂(真木蔵人)とヒロインの貴子(大島弘子)は聴覚障害者同士という設定で一切セリフがない、関係者は普通に喋るのだが殆ど音楽も無い。ただ自然発生する音だけが響き渡るのである、更に言葉でコミュニケーションが取れない為に目線や仕草や雰囲気で物語を進めるので必然的にモンタージュ映画になってしまっている。モンタージュとは映画用語で今言った仕草や動作を重ねる事によってその奥に潜ませた作者のメッセージを読み取らせる事である。武は狙っているのか分からないが究極のモンタージュ映画に挑戦しているのである。
<GOOD POINT>
1.真木蔵人は最後は海を見ている背中だけで言葉が語れるようになってしまった。その昔、男はみな高倉健の泣きそうな背中に憧れたもんだが、この映画に描かれる背中は時には笑い、ふて腐れ、途方に暮れている・・・見事だ。
2.本当に最後まで喋らずにストーリーを完結させた事については拍手を送りたい。一見、撮影は単純に思えるのだが、いやいやどうして・・・なかなか二時間近くを引っ張るのは難しい事と思う。そういう意味では武は映画というものの本質は分かっている人なんだと感じた。
<BAD POINT>
1.おそらく映画マニアかたけしマニアか真木蔵人ファンで無い限り、途中で退屈と感じる人が大多数だろう。それほどまでにタイトル通り静かな海なのである。ある意味で武は自分がやりたい事を出し過ぎている、これを撮影している時は観客の事は頭に殆ど無かっただろう。色々な事情も絡んでいただろうが芸術性とマスターベーションは紙一重という事は言える、個人的には映画館に金を払って観に来てくれるお客の事は常に頭のどこかに入れておきたい。
(IE5)
あの夏、いちばん静かな海。(1991) - goo 映画