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乙事組(IE5/Kiura/Pine/MBU/Shinの5人)の共同メディア批評ブログ。ネタバレあり注意!
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抱腹絶倒の三谷ワールドを堪能せよ!

いや〜笑った!かなり番宣が多い作品だったので嫌でも数カットは頭にこびりついていたのだが、そんなのお構いなしという程に笑えた。これで三谷幸喜は平成の喜劇王に更に近づいたと言えるだろう。一人でも恋人でも家族でも一緒に観て楽しめる作品なんて最近の邦画では珍しいのでは無いだろうか?

先日、水野晴郎氏が逝去したが、彼が司会していた金曜ロードショーが放送していた俺が小・中学生の頃はまだ家族団らん茶の間で映画を楽しんでいた文化があった。スタローンやシュワちゃんの映画を楽しんだり、「スペースヴァンパイア」のエッチなシーンでチャンネルを変える親の姿を観て余計に性へ関心をもったりしたもんだ。しかしながら全体を通して家族が揃って笑えて楽しめる映画に出会った時に「ああ、こういう映画っていいな」という感動が今も根づいた事は映画人生の中で大きなポイントとなっている。しかしながらそうしたエンターテイメント映画というのは中々存在しない、子供の時は「グーニーズ」や「E.T」で我慢できていたが、大人になればなるほどに難しい要求となってきている。

そういった意味では洋画はまだ良いのだが、邦画は深刻である、家族一緒に腹から笑える作品なんて何本挙げられるだろうか?宮崎駿作品を対象外とすると本当に少ないのが現状である。やはりエンタテイメントは難しい、喜劇はその中でも一番難しいとされるジャンル。その中で三谷幸喜が第一線で確固たる地位を築いている殆ど唯一の存在である事を考えると、その凄さがわかるものである。


<GOOD POINT>
1.売れない大根俳優・村田大樹を演じた佐藤浩市の素晴らしさに尽きる。今までの佐藤浩市を知っているものであればあるほどに今回の役柄にハマることは間違いない。本当に笑わせてくれるのであるが、その要求される演技が映画の中で俳優という役とても複雑なので相当に難しいと思われる。しかし、その微妙なニュアンスを実に見事に料理している、やはり見所はボス(西田敏行)の前でナイフを舐めながら自己紹介する所だ。これを3回繰り返している所に脚本のセンスも感じた。

2.シーンの変わる最後のセリフがとても効いていて笑わせる。映画を観て貰うと分かるが、落としどころのセリフ(決めぜりふに近いニュアンス)のギャグが殆ど外さない。役者の巧さもあるのだがやはり三谷のセリフ回しが単純に面白い!子分(寺島進)のラストのセリフが結構好きである。

3.映画好きにはクスリとさせられる要素が結構入っている。これは実際に観た方が面白いのでふせておくが、前にこのブログで紹介した「赤い靴」も入っているので見つけてくれい!もちろん、映画の舞台裏に興味がある人にもお勧めである。

<BAD POINT>
1.喜劇ということを意識してか、この作品は半分はファンタジー、残り半分が現実世界みたいな世界観を作っている。つまりリアリティとあいまいさを上手く利用しようとしているのだが、結果的にこれが幾つかの致命傷を引き起こしてしまった。特にクライマックスの指でバンバンと撃ち抜くシーンは「喜劇だから許してくれるだろう」的なノリで作ってしまっている。しかし観客はそれほど甘くはない、このシーンで「あぁこれって漫画やな」とラインを引いた人間は3分の1はいるのではないか?ここをもう少しリアリティ寄りにする事によってもっとカタルシスが高まったのにと残念でならない。

2.冒頭15分程が鼻につくくらい演劇っぽい言い回しにして、それが恐ろしく面白くなくてかなり不安になってしまったが、あとあと観ていくとそれが狙いと分かって一安心。しかし136分という長さを考えれば、ここも含めてカットしても良い場面はあったと思われる。三谷幸喜は良くも悪くも演劇出身なのでキレのあるセリフが多いのと平行して説明セリフも多いのである。もっと描写だけで見せても良いシーンは沢山あったのでは?

3.「アフタースクール」よりもハッキリって笑える、しかも派手で役者も揃っている。しかし最終的に差が出たのは人間ドラマだ。佐藤浩市が演じた村田だけはと ても人間味あふれるキャラクターだ、これは文句ない!しかしながら、それ以外のキャラクターはお伽噺から抜けきれない人物ばかりとは言い過ぎだろうか?こうなると個人の好みも入ってくるが・・・あとはみなさんの判断に委ねたい。
(IE5)

ザ・マジックアワー - goo 映画

この良くできた特報だけ観て劇場へ!
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巧みな構成に思わずうなる、上半期No.1の邦画登場!

思わず「上手い!」と唸ること数回、アッという間の102分であった。「運命じゃない人」の内田けんじ監督、これが商業映画作品としては1本目という事になるがいやはやその脚本・構成力には恐れ入った。実は「運命じゃない人」は観ていないのだが、アフタースクール同様にアッと裏切られる仕掛けが満載だという、近いうちに鑑賞したい。

この映画を観ているとやはり脚本が面白ければ低予算だろうが関係ない事が良く分かる。そして面白い映画を観た後の観客の表情はわかりやすくて、場内が明るくなったときの空気感で「みんなも楽しんだな」というのが分かってとても気持ちがいいものである。今年の鑑賞した邦画は殆どこの空気を味わうことがなく、逆に足早に去っていく人・寝ている人・難しそうな顔をしている人などは嫌になるほど観ている。製作者は試写室ばかりで鑑賞するのではなく、一度こういった状況を体感してみればどうだろう。余程、作品に対して真摯に向き合う意欲が湧くと思うのだが。

<GOOD POINT>
1.先程から言っているが、脚本と構成が本当に良い。観客がこう思うだろうなという伏線をキチンと張りつつ、穿った見方をする玄人の予想も含めて見事に裏切るのである。おそらく、アラ捜しをしようと何度も観ても結果的には楽しめると思うのだが、やはり1回目の鑑賞後が一番だろう。

2.母校で教師を務める神野(大泉洋)と大人のおもちゃの店で働く探偵(佐々木蔵之介)が映画の半分まで引っ張っていくのだが、第三の主役である木村(堺雅人)が冒頭以外殆ど出てこない、「さすがにここまで出てこないと二人に比べて霞むだろう」と感じていたのだが、これが本当に良い効果を生んでいた。観たら分かるが、木村が再び現れることが観客への裏切りの合図なのである。ここから怒濤の勢いで映画が進んでいった感じがした。

3.携帯に仕込んだ発信音を追い掛けるパソコン画面が妙にショボくて味がある。最近はやたらハイテクを駆使したシーンを取り入れる邦画も多いが意味もなく仰々しいのも鼻についていた。逆にこれだけシンプルな感じだとハイテクなハズなのにアナログ感がでてくる。なかなか面白い効果だと思った。

<BAD POINT>
1.上手いな〜と思わせる部分が強調されすぎて、人間の感情に訴えるシーンは少なかった。個人的には教室で連行される探偵に神野が話しかける所くらいかなと。木村の本音が聞きたかったが最後に回想で見せるのは読めていただけに少々子供じみている感があった。これさえ改良されれば、かなりレベルの高い作品になることは間違いない。次回作に期待大である。
(IE5)

アフタースクール - goo 映画

この予告編は流石にかなり気をつかっている(笑)

emiry.jpg悪魔の目的は?
悪魔が憑いたエミリー(ジェニファー・カーペンター)は、ムーア神父(トム・ウィルキンソン)による「悪魔祓い」が失敗し、その結果死亡したという。過失致死で裁かれる神父とそれを弁護する弁護士エリン(ローラ・リニー)は、悪魔の存在を立証し無罪を勝ち取れるのか。そもそも、悪魔は居るのか? エクソシストに連なる伝統的なアメリカン・オカルト映画ながら、実話を基にした法廷劇として展開する。しかし、俺は一言言いたい。悪魔の居る居ないはいいとしても、わざわざ6人(魔)もやってきて一体何がしたかったんだ!

実話が効いている
実話を元にした映画も多いが、その実話が荒唐無稽なほど、映画として面白みが増す。「法廷が悪魔を認めた」というのは格好の素材で、いわば公的に神と悪魔が居ることが証明されたということになる。その過程には、興味が湧く。完全無神論者の俺ではあるが、当然その点に興味が引かれたのは事実だし、途中までは面白くもある。だが、正直、後半どうでも良くなってしまった。

非キリスト教圏の悲しさ
俺自身、神や宗教は人が必要として人が作り出したものだとは思うが、その必要性や重要性は感じているし、それが居るという人を「非科学的だ」とも思わない。最終的に電気信号として知覚される人間の仕組み上、究極的にその人が居ると居れば、居るのである。だから、この映画の暗に言わんとせんことも分かるのだが、所詮は実感としての宗教がない哀しさ。どうしても、悪魔と天使といわれれば「ビックリマン」が頭にちらつくのである。

サタン無目的過ぎ
一人の少女に悪魔がつくというのは分かる。日本にも「憑く」というのは現象としてあるわけで、仕組みはどうあれ存在はするのだろう。しかし、そこに悪魔の偉いさん(サタン等)がわざわざ出張ってくる必要性がわからない。サタンに突っ込むのはどうかと思うが、そんなのは下っ端に任せておけばよいのでは。神が居るのか居ないのかよりも、どうして「こんな少女に?」という疑問ばかり気になった。「選ばれし者」という思想があるのだろうが、やはり異教徒の俺(一応仏教か?)には理解できないのだ。

理解できないなりに
映画としては法廷劇のやり取りなど、緊迫感もあるしそれ程退屈しない。ただ、神父の告白がやはりエクソシストを超えるものでもなく、映像的に予想通りであった。エミリーの豹変振りも怖いといえば怖いが、悪魔の嫌がらせも割りと穏やかでそんなに怖くはない。人を殺すのが悪魔の目的なら、戦争の方がよっぽど悪魔的だ。とはいえ、理解できない部分も多いが、投げ出すほどでもなく、その辺はやはり「実話」が効いている。実話であれば何でもいいというわけではないが、まずまず楽しめたと思う。ただ、オカルトか法的劇に余り興味がないなら、特にお薦めはしないが。
(KIURA)

評価点:60点
どうせ取り憑くなら大統領とかにすれば、悪の計画も円滑に進むと思うんだが。そうすれば世界はもっと悪く……いや、今の世界の状態を見ていると既に取り憑かれている人が多数なのかもわからん。

hyde.jpg「またこのネタか」と言った友人がいた
ネタバレ注意
心理学者デイヴィット(ロバート・デニーロ)の妻は浴槽で自殺、そのショックで心を閉ざした娘エミリー(ダコタ・ファニング)。娘の心の傷を癒す為に田舎に引っ越してきたデイヴィット親子だが、娘は姿の見えない友人チャーリーと遊んでいるという。訝る父親だが、チャーリーの行動は徐々にエスカレートする。初期設定だけ聞くと、先日のアザーズと全く一緒。果たして幽霊の仕業なのか!?(やけくそ)

伝統(?)の落ち
この手の映画を見慣れてきたせいか、伏線を張っている時間が苦痛に感じる。作り手側からすると、そこでいかにミス・ディレクションを行うかが腕の見せ所だろうが、余り必然性のないシーンもあって(特に隣家の存在)最後まで観てもスッキリしない。また、途中でオチが幽霊じゃないと分かると、残る落ちは一つしかないわけで……。まさか、この手の映画の元祖と同じとは思わなかったので、その点では驚いた。

不気味少女
この批評の最初の一本が「宇宙戦争」だったが、またもダコタ・ファニングだ。とにかくその演技力はこういう心理劇では冴える。正直、ロバート・デニーロよりダコタ・ファニングの方が怖い。いっそ、今回の落ちは捨てて、実は全てダコタ・ファニングが操って仕組んだことにすれば更に怖いと思う。逆に言えば、こんな少女が「デニーロにやられる訳がない」という気もするのはマイナスか。

本当にこのオチでいいのか
二重人格ネタは新鮮味がまったくないので、作り手が用意した追加要素が娘も二重人格という要素だろう。だが、あまりこの点を強調すると本来のオチが興ざめになってしまうし、かといってはっきり示さないと観客がついてこない。これは実に悩みどころだと思う。だから、DVDではわざわざ2パターンのエンディング(アナザーはよりはっきりと病気を強調)を入れたのだろうが、ゲームじゃあるまいし2パターンも必要だろうか? ちょっとこの辺、サービスなのか腰が引けてるのか分からなかった。ただ、ドラマ部分が余りに弱い。父娘の関係が薄いので全体が作り物めいて見える。

それでも設定は魅力的
ある意味、色々リスクがあってもこの映画を撮ったのは、基本設定が魅力的だからだろう。多数のフォロワーがあるのは当然のホラーとスリラーが同時に楽しめるお得な設定だ。俺もついつい同じようなネタの映画を探してしまう(フォーガットンやフライトプランもこの亜流の設定だ。但し余り評判は良くない)。ただ、デニーロが役にはまらず、多くの捨て伏線があるなどのまずい脚本等のせいで、結果的にダコタ伝説の一つになってしまったのは残念だ。そろそろ新旧は問わないが傑作と出会いたい。
(KIURA)

評価点:55点
変身前のかくれんぼをするシーンは、優しい父親というよりただの変態親父に見えた。アザーズでも感じたが、幻覚を映像化するのは反則では。分かりやすいが、それをやったら何でもありになるぞ。

bushi.jpg平坦な印象

幕末、藩の毒見役を務める三村新之丞(木村拓哉)は妻・加世(壇れい)と幸せに暮らしていたが、ある時、貝毒に当たり失明する。途端に逼迫する家計、それにつけ込む番頭の島田藤弥(坂東三津五郎)の狙いは妻の加世だった。2008年は総理大臣をやっている木村拓哉は時代劇でもOKか?

時代「家族」劇
実は木村拓哉の主演作品はドラマも含めて一本も観たことがないし、山田洋二監督の作品も「息子」ぐらいしかちゃんと観ていない。先入観は極力廃して観たと思う。結果、題名に武士とは入っているが、極めてまっとうな家族ドラマという感じだった。派手な所は全くない。全編、木村拓哉と壇れい、家の雑用をこなす徳平(笹野高史)とのやり取りで展開する。

予想通りの展開
事前に「こんな展開だろう」と予想していた通りに話が進む。それはもう、見事なぐらいにきっちりとした起承転結だった。と、なると役者の演技が重要になってくるが、まず壇れいが良かった。こんな嫁さんなら手込めにされたら怒り狂うのは当然だ。また、徳平も素晴らしい。この時代の人間にしか見えないはまりよう。では主演はどうだったかというとこれもまた「予想通り」なのであった。

キムタクはキムタク
木村拓哉は俺のイメージにある木村拓哉そのもので、無理がないといえば無理がないし、素のままと言われれば素のままだ。ちょっと言葉に訛りがある程度で、冗談を言ったり激高するとキムタクに戻る。でも、映画が破綻する程ではないし、もっと悪い「俺映画」になってもおかしくなかったので、全然ありだ。個人的に好きになったりはしないが、重荷を背負って最後まで良くやったと思う。

ちょっと拍子抜け
問題は、映画の平坦さだろう。家族ドラマとして撮りたいという監督の意向は分かるが、エンターテイメントとしてはもうちょっと驚きが欲しい。手込めシーンもほとんどイメージ映像だけで、この部分には触れたくないのかと思ったほどだ。ラストも後味はいいが、何だか拍子抜け。味はいいが刺激物のほとんどない料理を食べた気分だ。あと、悪いことが起こる時に必ず雷が鳴るのは古いと思うし、蚊のCGはもうちょっと何とかして欲しい。

これはこれで成立する
まあ超リベラルな山田洋二監督の映画を観にいって、タランティーノみたいな演出だったら観客は怒りまくっただろうし、余り品のない演出ではキムタクファンも納得できないだろう。そういう意味では、老練な監督が自らの持ち味を出しつつ、絶妙な所に落としたと言えない事もない。俺は物足りないが、シニア世代はバッチリ満足がいくのではないか。
(KIURA)

評価点:65点
蚊のシーンは笑っていいのかどうか迷う所。そういえば、余り笑いの少ない映画ではあった。

追記:作品とは全く関係ないが、本編が始まる前の強制作品紹介に頭に来た。かなりの長さの上に飛ばせないように設定してある。宣伝するのは勝手だが、それを視聴者に強制するのは傲慢すぎる。しかもこれから観る映画(武士の一分)のセルDVDの宣伝なんて滅茶苦茶や! 映画館は完全な新作の予告だから許されるのだ。こんな舐めた事していたら必ず見放されるぞ。松竹ホームビデオには猛省を促したい。反省しろ!

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