乙事組(IE5/Kiura/Pine/MBU/Shinの5人)の共同メディア批評ブログ。ネタバレあり注意!
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2008年の上半期、一番聴いたアルバム!
「俺たちの明日」がリリースされてから、すっかりエレカシモードにハマってしまった上半期。当然ながら「STARTING OVER」も大好きなアルバムとなった。昔は拍手する客に「お前ら、なに拍手してんだよ」と噛みついていた宮本もすっかり大人になり、髪の毛をいじり回しながらしゃべる変なオッサンというイメージがすっかり定着した。しかしながら楽曲は反比例の如く深く味わいのあるモノになり、レーベルを幾度となく渡り歩きながらここまで第一線でやってきたのは賞賛に値する。
シングル「俺たちの明日」「笑顔の未来へ」は言うまでもないが、「リッスントゥザミュージック」「まぬけなJohnny」「さよならパーティー」の下りは歌詞の意味も含めて耳障りが良い。いつも応援歌的な要素が強いが、今回は恋愛的な要素の歌詞が多いのも特徴。しかしながら、結局最後は頑張れと背中を押すところは宮次調といったところか。それでやっぱり外せないのが、荒井由美時代の名曲「翳りゆく部屋」のカバーである。かつて椎名林檎も同曲をカバーして絶賛されたが、個人的にはそれを上回る出来と感じた、原曲を知らない人が聴いたら殆どの人がエレカシのオリジナルに聴こえるのではないだろうか?それほどまでに血となり肉と化しているのである。一度でいいから生で聴いてみたい。
このエレカシマイブームに乗って、名盤「ココロに花を」や「町を見下ろす丘」を引っ張り出して久しぶりに聴いてみたがやっぱり良いわ。なんか酒を飲みながら思いっきり歌ってみたい気分。これからもエレカシとは長い付き合いになりそうだ。次回作も期待大。
(IE5)
エレファントカシマシ STARTING OVER - goo 音楽
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中つ国の壮大なる大団円
サブタイトル通り最終章「王の帰還」はアラゴルンが中心の物語だ、「二つの塔」ですでにフロド一行と共にする事が無いと分かった時点で比較的頭の中は整理されていたのですんなり観ることができる。冒頭で若かりしスメアゴルが友人と指輪を発見するくだりはオープニングとしては一番惹きつけられる、本当にこのキャラクターは人間の業を表している。VFXの技術も王の帰還はワンランクレベルが上がっているように見えるのは間違いでは無いだろう、製作は三部作連続に進行していながら違いが出て来るのだからCGの世界は正しく日進月歩である。
総評としてはこの映画はやはり原作の力が強すぎる、正しく指輪の魔力に惹かれた者たちが楽しむ作品である。逆に見ればそれだけの魅力がある原作なのだ、原作を知らない人間がどうのこうのと言った所で仕方の無い所であろう。それよりも映像化不可能という言葉を圧倒的な物量で料理したピーター・ジャクソンを賞賛に値するだろう。ただ1つ言うことがあるとすれば、ピーター・ジャクソン「見せ方」である。1作目でも書いたスピルバーグ達より1枚も2枚も落ちると書いた意味をここで説明しておきたい。
端的に言うと「意外性」という驚きはこの映画では殆ど見られなかった、つまり予定調和の世界なのだ。例を挙げるなら「王の帰還」でゴラムがフロドを洞窟に誘い込んで蜘蛛ババアに喰わせてしまおうという計画をセリフで説明してから行動を起こすというシーンである。これではそのあとの行動は予定調和に入ってしまうし、一番いただけないのはゴラムが既に裏切ってしまう事がバレているのである。これは見せ方次第では、突然の裏切りとして観客をハッとさせる事が充分にできるシチュエーションなので非常にもったいない。その他にも説明してから行動というパターンは非常に多くて、「なんで先に説明するかな〜」と嫌気が差したことも多々あった。これはおそらく原作に忠実な結果なんだと思う、実際に原作ではそういう説明セリフが書かれていたと思う・・・しかし、ここは映画の手法に沿える範囲の直しができた思うだけに「一枚落ち」とさせていただいた次第である。ファンタジーやアクションに限らず映画はアッと驚く意外性や展開に気持ちが高まっていくので、そういった意味ではもっともっといけたと思った。
<GOOD POINT>
1.これは通常版ではカットされていたらしいのだが(間違っていたらすまない)、レゴラスとギムリ(ジョン・リス・デイヴィス)が酒の強さを競うシーンは良い、「酒は友、友と酒」とは俺の言葉だが一番人間味(エルフとドワーフだが)が溢れていた。クライマックスの「友の為に死ぬのはどうだ?」というレゴラスのセリフに「友の為ならいい」と返すギムリ・・・友情って良いなぁ。
2.クライマックスの戦闘シーンでデカイ象(名前はじゅうやったかな?)が出て来た噂通り圧倒的なシーンだった。その上で操っている人がいるんだが、その御輿とのマッチングもなかなか格好良くて強くて素敵なキャラクターだ。しかし牙でまさしく人をなぎ倒している一方で、意外に脆い弱点もあって最後があっけなかったのは少し残念。しかしこのシーンを見て「スターウォーズ」の雪原で出て来る帝国群の四つ足ロボットを思い出した、やはり「指輪物語」は影響を与えていたんだな〜と。
<BAD POINT>
1.冥王サウロンの指輪を葬り平和が訪れた大団円のシーンでホビット族に敬意を表して全員が跪く所で終わって欲しかった・・・まぁ、これも原作どおりなのだろう。多くは語るまい!
(IE5)
ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 - goo 映画
ゴラム・・・ゴラム・・・
この章で一番気に入ったのはゴラム/スメアゴルというキャラクターだ。指輪を持ったせいで心を乱され完全に分裂症気味なのだが決して憎むべきキャラではな く、哀しさを漂わせながら観客の興味を惹きつづける希有な存在だ。素早いが力がそんなに無いためにホビット族に対等以下という力関係も絶妙だ。セリフで時 々「ゴラム・・・ゴラム・・・」という時の表情はなんとも言えない。振付師アンディ・サーキスが演じる動きをVFXで描き直しているが、サーキスの動きが あればこそフロドとサムの演技があそこまで栄えたのであろうし大した演技力(動き)である。
二つの塔になってから漸く話は流れ出した・・・しかし初めて分かったのだが、この物語は火山を目指すのは9人の仲間の中ではフロドとサム(ショーン・アスティン)だけやねんな。という意味では仲間達が全員揃っているのは1作目だけということになるんだが、これってやっぱり有名原作ものだから成立する構成だと言える。オリジナルの映画脚本なら絶対に序盤で仲間が別れたら途中かクライマックスで再会して最後の敵に一緒に立ち向かう様に物語を組み立てないとプロデューサーからはOKが出ないハズである。小説を読んでいないから分からないのだが、主役ってフロドでいいのかな?どうみても二つの塔と王の帰還はアラゴルン(ヴィゴ・モーテンセン)なんだが・・・まぁここで言いたいのは視点が二つあるということだ。フロドの視点で観ていると途中からアラゴルンの視点にシフトするので肩すかしにあった印象がどうしてもしてしまう。これも原作を知っているかどうかで違うのだろうが・・・。
<GOOD POINT>
1.冒頭にも書いた通りにゴラムのキャラが良い。ここまでやられると流石にパペットでは表現不可能だったかもしれないと思える。もうパペットの時代は帰ってこないのかもしれない。
2.ローハンの王様セオデン(バーナード・ヒル)が毒気にやられている姿は凄くリアリティがあった、ガサガサの皮膚も凄かったが特にあの濁った目!死にかけた魚の目とは正しくこの事だと思った。またガンダルフが呪いを説くときの回復する様も良く出来ている。
3.ウルク=ハイを初めとするオークの連中の気持ち悪さは非常に良い味を出している。醜いが良く観ればそれぞれ違った表情をしているし、何かしらの階級の差やチームの違いみたいなものもあって興味深い。でもこれってメイクの準備だけで1体何時間もかかるだろうな〜、やっぱりスケールはケタ違いである。
<BAD POINT>
1.もうこれはファンからはブーイングがでるだろうが、ラストのローハン軍対サルマン軍の戦いがどうもいただけない。たしかに決戦が始まるまでは良かった、いい緊張感の高め方だ。エルフの援軍が来たときには「良し、これで行けるぞ!」と心の中でガッツポーズだ。しかし・・・もうあれだけオークの大軍がスクリーン一杯に溢れていると「あぁCGだな」という事で俺は萎えてしまうのだった。たしかこの手法を初めて使ったのはリドリー・スコットの「グラディエーター」だと思うが、当時からこの手のCGの使い方には疑問を持っている。単に嫌いという事ではなくでリアリティが沸いてこないのだ。個人的にはこれの100分の1でもいいから本物の人間が実際に動いて戦っている方が良いと思う。実際に寄りのカットでは迫力がある画が沢山あるだけに引きのカットになると冷めてしまうという繰り返しがもどかしかった。
2.樹木のエントって南に向かうまでサルマン(クリストファー・リー)の悪行に気付かなかったんや?ってそのシーンになって知ったわ。だって相当に木が引っこ抜かれてたら、他の仲間達が知らせても良さそうなもんやん?俺は知ってる上で会議やらなんやら時間を割いているかと思っていた、ここはやはりダラダラしていて相当時間を費やしていたシーンだけに脱力した感は否めなかった。
(IE5)
ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔(2002) - goo 映画
小学校時代の図書館で読める三大トラウマ漫画といえば、子どもが火遁の術で吹っ飛ぶ「サスケ」、凄惨な描写にドン引きの「はだしのゲン」、そして、さいとうたかをの「サバイバル」だ。滅亡した世界でサバイバルを繰り広げる、というのはとにかく興味が惹かれる題材である。「アイ・アム・レジェンド」は、自分以外の人間がいない廃墟と化したニューヨークで物語がスタートする。なぜ、こんなことに?
で、結局、「28日後」というか、「バタリアン」というか、ゾンビ方面に舵を切るわけで、後は大体予想通りです。観てから知ったことだが、「地球最後の男」のリメイクということで、さもありなん。元は偉大なオリジナルだったのだ。「地球最後の男」は、その後のコピー作品を作り出し、2008年の自分はそのコピーをたっぷりと観た後なのだから仕方ない。
そういうオリジナルティ云々を抜きにして考えると、まずまず面白い絵が多かったが、細かい所に粗が多くて、鑑賞後、腕を組んでうなってしまった。ナイトシーカーは共食いしないのか? 鹿は感染しないのか? そもそもウイルスに感染するのはいいとして、凶暴化&紫外線に弱くなる必然性は? その気になれば隠れ家なんて簡単に見つかるのでは? だったらもう少し丈夫な所で住むべきでは(戦車の中とか)? 軍人がなぜ血清の実験を? 妻と娘の死に方が無理やり。色々わからん。
やはり極限のサバイバルが観たかったわけで、微妙なゾンビ映画になってしまったのは残念。またもや「こき下ろすほどではないが、それ程褒められない」平凡な一本となってしまった。
評価点:55点
別の生存者との出会いにドラマがないのが痛い。みんな小奇麗な格好をしすぎていてそれも不満。ウィルスミスは悪くなかった。
最後まで観ても基本設定が良く分からなかったが、簡単に言うとサタン復活の兆候である10の禍を、科学で解明しようとやってきた教授(ヒラリー・スワンク)が調べていくうち、何とそれらは全て本物だった、というお話である。サタン!? 悟飯の義理の父のことではない。これはキリスト教的世界観を背景としたオカルトホラーである。
それは知っていたが、思わず観てしまったのは、科学で解明する(MMR的発想)という部分に一縷の望みを持ったこと、ヒラリー・スワンクがまさかそこまでB級ではないだろうということ、そして、イナゴ少女である。結果的には、第1の望みと第2の望みはあっさりと裏切られたが、イナゴ少女はある意味期待通りだった。
冷静に考えると、あまり殺傷能力のないイナゴを操ってどうする? と、思うのは確かだが、これがハチ少女や蛇少女だと楳図かずおになってしまう。イナゴに強烈なインパクトがあるからこそ、文化の違いや宗教観の違いを実感できるのである。
ラストも予想通り、「サタンを身ごもってエッ!」パターンである。これはもうこういう話の絶対の決まりごとなのかと思うぐらい予想通りだ。ヒラリー・スワンクは存在感があっていい役者だと思うが、それとイナゴ少女のインパクトだけで引っ張るのが無理がある。個人的には「怪奇現象を科学で解明」する話が観たかったが、宣伝部苦悩の大発明「イナゴ少女」が笑えたからよしとしよう。ちなみに残酷描写は控え目な上品な作品でした。
評価点:40点
しかし、10の禍のほとんどが、神の罰というより、「神の嫌がらせ」なのはどうしたことか。